
3月23日まで足利市で開催された〝伯仲燦然〟
場所をかえて6月15日からは名古屋市徳川美術館での〝時をかける名刀〟との同時開催となります。
行ったのは金曜日。
開館時間辺りは混み合うようなので少し時間をズラして到着は11時頃。
入場は当日券購入組はやや並ぶようでしたが、オンラインチケットを購入していたので待ち時間なしですんなり入場。
中の音声ガイドが10分ほど並ぶ程度でした。

音声ガイドは鯰尾藤四郎役の斉藤壮馬さんなのでせび。鯰尾パートもあり、特に音声ガイド33は絶対に鯰尾推しの方に聴いてもらいたい。
QRコード読み込み後、12時間ほど聴けるので、お家で聴きたい場合は逆算して後から読み込むのもありだと思う。
あと、私docomoなんだけど電波悪すぎるので、徳美のフリーWiFiは使った方がいい。
推し旅のノベルティを交換して、いざ展示室へ。

(入り口近くのショップで交換できるので忘れずに)

今回、一部除き基本スマホでのみ撮影可(コンパクトカメラもOKらしいけど、レンズが伸び縮みする系はNGらしい)
日中は1つの展示につき1枚で、と言及がありましたが、ナイトミュージアムでは言及がなかったので複数枚撮影しています。
名刀コレクション展示室〜蓬左文庫はそこそこ人がいるけど、そこまで混み合ってはいない感じ。
蓬左文庫では南泉一文字の拵や物吉貞宗の付属品が展示されています。
・南泉一文字 拵
〝金襴包刀拵〟
南泉くんのシャツの柄でお馴染みの紺地に金糸の二重蔓と牡丹文。鐔は虫尽くし、目貫は鷹に鶴、笄・小柄は土筆の意匠。
〝梨子地刻小サ刀拵〟
南泉くんの拵の下半分に取り入れられていると思われる拵。
・物吉貞宗 拵と付属品


刀袋の数が多いので、大事に持たれた刀なんだなと実感する。
さらっと見て次へ。
11時半くらいで本館(特別展展示室)は情報ラウンジまで3列で並んでいるくらいの混み具合。
こちらは2周目で観るのでスルーして物販へ。
だいたい15分くらい並んで物販を終え、カフェが2人待ちだったので一旦休憩しました。
・纏と季節の和菓子:紫陽花とレモンスカッシュ

ふんわりと絞られた生クリームにオレンジのパウダー、てっぺんに添えられたピスタチオ……これは写しの某男士概念では……?とか思いながら食した。
今の時期にぴったりな紫陽花は大変可愛らしく癒される。
13時。宝善亭の刀剣会席を予約してました。
↑美味しいと可愛いしか言ってないけど、レポあります。
食後は中庭へ。
こちらでは描き下ろしイラストと等身大パネルが展示されています。
めちゃくちゃ蚊取り線香焚いて下さっていた。
私すごく刺されやすい人間なんだけど、虫刺されゼロだった(もちろん虫除けスプレーはしたけど)

まずは会期替わり組。

とくび短刀・脇差組。

とくび打刀組。
長義くん、ポーズのせいか両脇を従えてる感がある。

とくびぐみ描き下ろし。

南泉くんがこっち側見せてくれるの嬉しすぎた(本来展示されて見える側とは反対側)

伯仲。ちゅんずと!
14時半。ここから2周目の始まりです。
午後になって一気に人が増えた感あり。
名刀コレクション室からやや混み混みな印象。
人と人の合間から鑑賞しつつ、本館(特別展示室)へ。
15時。1周目と同じく待機列は情報ラウンジまで伸びていましたが、30分ほど並んで本館(特別展示室)に入れました。
伯仲の辺りは絶えず人だかりあり、その他は展示に沿って人が並んでいるといった感じ。
空いているところから、順路はないということだったので、近づいては離れてのいつものスタンスで空きを見ながらの鑑賞でした。
私はナイトミュージアムもあるからさらっとでもいいかなとは思ったけれど、人が多くてゆっくり鑑賞できる雰囲気ではなかったかなと思ったり。撮影可なこともあって、ちょっと人の流れが悪いのもあるのかなと思っていた。
ソファーで休憩しつつ、閉館近くまで館内にいましたが、わりと最後まで人が多かった。

そして18時。
ナイトミュージアムのお時間です。
簡潔に言うと、定員100人なので快適すぎた。
日中の混み具合が嘘のように人がまばらで、ゆったり鑑賞できました。
本作長義は撮影可なので人が集まりがちだったけれど、山姥切国広は一人で鑑賞できる瞬間もあったので嬉しすぎた。
以下、お写真と簡単な説明(キャプション+簡単に調べたくらいのやつなので間違いがあるかもしれない)
・刀 無銘 一文字(名物 南泉一文字)

福岡一文字派。
名前の由来は、研ぎ出した本刀剣にぶつかった猫が真っ二つに切れたことから、中国の故事〝南泉斬猫(なんせんざんみょう)〟に因んで。
二条城会見にて豊臣秀頼が徳川家康に贈り、その没後は尾張藩初代藩主徳川義直へ譲られ、以降は尾張徳川家の所有となる。
南泉斬猫図は展示室3の大名の室礼―書院飾り―に7月23日まで展示されています。(私は今回も見忘れた)

とくびの私の推し刀。
重花丁子が本当に美しい。
たくさんゆっくり鑑賞でき、撮影させていただけて幸せでした。
脇差 銘 吉光(名物 鯰尾藤四郎)

名前の由来は薙刀直しの姿がナマズの尾に似ているため。
織田信長の次男・信雄が敵対する豊臣方に内通した家老・岡田重孝を斬らせたと伝わる。その後、所有していた土方勝久は豊臣家へ仕えることとなり、秀吉に献上され、次いで秀頼の所有となる。
大坂夏の陣にて大坂城で焼けた後、初代越前康継によって再刃される。
同じく岡田重孝を斬ったとされる刀が東京国立博物館所蔵の岡田切。この岡田切、後期(7月29日〜)で展示予定。展示リスト順だとお隣に並ぶ可能性ありです。

観る度に一度焼けているんだよなと思いつつも、そう思えないくらい綺麗だなと思う一振り。物打ちの当たりの感じが好き。
・刀 銘 本作長義天正十八年庚刁五月三日ニ九州日向住国広銘打 天正十四年七月二十一日小田原参府之時従 屋形様被下置成 長尾新五郎平朝臣顕長所持

北条氏直から長尾顕長へ、臣従儀礼の一環として贈られた。長義自身によって切られた銘は磨り上げによって残っておらず、堀川国広によって銘が切られている。長尾家没落以降の伝来は不詳であるが、尾張藩3代藩主である徳川綱誠が購入し、以後は尾張徳川家に伝わる。

やっぱり私は本作長義の方がゴリゴリに殺意が高いイメージ。足利、そして今回と、何度も山姥切国広と見比べて〝似てるようで似てない〟というところに落ち着く。
こうして見比べることができる機会を設けてもらえたの幸せなことだなと思った。
・短刀 銘 吉光(名物 後藤藤四郎)

名前の由来は家光の元で金座御金改役を務めた後藤庄三郎光次が所持したことから。
尾張徳川家2代徳川光友と3代将軍徳川家光の長女・千代姫との婚礼を祝して、家光より光友へ贈られた。

どこかでも言ったけれど、吉光=直刃だったので、初めて見た時に「吉光……??」となった一振り。帽子の火焔を始め、華やかな刃文が観ていて楽しい。
刀 無銘 郷義弘(名物 五月雨郷)

名前の由来は断定はされておらず、郷義弘の作と極められたのが五月雨の季節だったという説と、有力説として刃文が五月雨の日のように霧がかって見えることから名付けられたという説がある。
尾張徳川家2代徳川光友と3代将軍徳川家光の長女・千代姫との婚礼を祝して、家光より光友へ贈られた。

実装前に出会って、地鉄の美しさに「確かにこれは五月雨のようだ」と思ったことが記憶に新しい一振り。上品な姿もまたいい。

ちなみに後藤藤四郎と五月雨郷は並んで展示されています。ハッピーブライダルコンビ。
・脇指 無銘 貞宗(名物 物吉貞宗)

徳川家康の愛刀。尾張徳川家初代徳川義直に譲られた。万事にわたり良い兆しになることを意味する〝物吉〟と名付けられ、尾張徳川家で最も重要な宝物として代々の当主に受け継がれた。

加工なしでもこの輝き。
めちゃくちゃ大事にされてきた願いと想いが込められた一振りだと思っている。
刀剣乱舞関係外だと下記2振りが好みの刀でした。
・短刀 無銘 正宗(名物 一庵正宗)

山姥切国広の右隣の独立ケースに展示されていた刀。
横浜良慶所持(豊臣秀吉の弟・豊臣秀長の家老として、没後は子の秀保に仕えた)
後に秀吉らの手を経て徳川将軍家に渡り、将軍家と彦根紀伊家・尾張家との間で栄えある贈答用に使用されたとのこと。
・短刀 無銘 貞宗(名物 奈良屋貞宗)

豊臣秀康から伯父の豊臣秀吉に献上された短刀。豊臣秀頼から2代将秀忠へ贈られ、将軍家と尾張家・紀伊家との間で幾度も贈答にもちいられたとのこと。

20時には中庭が閉まってしまうので、夜のパネル鑑賞もしてきました。


昼間とはまた違った雰囲気。
三日月さんと長義くん、ラスボス感ある。

短刀・脇差組は夜の護衛感ある。
最後にまた展示室に戻って、閉館アナウンスが流れるまで山姥切国広と南泉一文字を行ったり来たりしながら過ごしました。
幸せな時間だった。

ナイトミュージアムお土産の刀朱印とランダムのミニクリアファイル。
ランダムですって推し渡されて、一瞬時が止まってしまった。本当に運だけど、ありがとうお姉さんだった。

外に出ると、葵の御紋がお見送り。
本当に満足感のある2時間半だった。
ありがとうございました!!